ドラッグの歌群。

お久しぶりです<m(__)m>

今回から、画像が添付できるようになりました。簡単なことでしたが、苦心しました。

今回、お付き合いいただいた方々には、洋楽のドラッグ関連の歌、というか、曲の話題を…。

私は、若年期に「うつ」を患ったため、必然的に引きこもったりすることになり、友人知人などを失ってしまいましたので、体を動かす元気など皆無だったから、ギターなどにはまっておりました。

今思うと、それで左右の指を個別に動かす訓練をしたのが、いろんな意味で良かったのではないかな、などとも思えるのですが、そんな話は、またいずれ。

で、はじめのうちはクラシック音楽を聴いていたものの、当たり前のように、軽音楽に傾倒するようになり、なかでも、洋楽ロックに突っ込んでいく流れになったのでした。

なにしろ、昭和の当時は、今のように、かなり正確な歌詞が、すぐに検索で見つかったり、かなり適切な翻訳がすぐに手に入る時代ではありません。

ご存じの方もいらっしゃるでしょうが、デヴィッド・ボウイの「ジギー・スターダスト」(架空の人物名です。ボウイ自身がステージで、このキャラに扮しました)が「屈曲する星くず」という邦題で発売されたり、エアロスミスの「ウオーク・ジス・ウェイ」(だったかな?)が「お説教」という邦題だったり、ザ・フーのアルバムに「俺は百姓」という曲があったりで、なかなか、いい加減な仕事がまかり通っていたように思えます。

こちらもまだガキといえばガキでしたから、まともな英語など、じつのところ、あまり理解できていませんので、洋楽が好きでも、曲を覚えるのが大変でした(別に歌詞覚えなくてもいいかもしれないんですが、意味不明でも、覚えたくなるもんですねえ・・・!)。

…いったい、なんの話をしたかったのか、よくわからんようになりました(呆然)。

なので、タイトルに回帰します。

70年代の洋楽ロックの世界に、たぶん一ジャンルといえると思うのですが、ドラッグソング群がありました。

今となると、そういうのは歌ってもいけないし、そのような曲はなかったこと、とかになっているらしき雰囲気なので、忘れ去られていくのかも、しれません。

…昔、保守的なエド・サリヴァン・ショーだかに出演したドアーズのジム・モリソンが、大ヒット中の「ハートに火をつけて」を歌う、事前に局側から、歌詞のなかにある「higher」の部分を、ほかの言葉に差し替えろ、と言われたのに、そうしなかったから、出禁だかになった、という逸話がありますが(ハイ、は、ドラッグで気分が「飛ぶ」、いい気持になった、みたいな意味合いのようです)、今は、世界的に、エド・サリヴァン・ショーみたいになったらしく…

本当に、70年代の曲の歌詞のなかに出てくる薬系の「high」の部分が、リメイクのときに、別の「人にやさしい」言葉に差し替えられていたりしています。

エリック・クラプトンの「コカイン」とか、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「ヘロイン」などという曲は、どう扱われているのだろう…前者などでのクラプトンのギターは、素晴らしいのですが、アルバムから削除されたりして…。

たしか、少し前でしたら、イギー・ポップが明らかに、何かとんでもないものを摂取したらしき、獣のような目で、客を煽りまくるライブ映像や、ほとんどゾンビ状態でステージに佇立しているジョニー・サンダースの姿などが、YouTubeで視聴できましたが、今は、そういう映像もなくなっているようです。

ニール・ヤングが、有名なコンサートで、両方の鼻の穴にコカインの塊を突っ込んだまま、ハイテンションでギターを弾くという、物凄いシーンもあったのですが、噂では、その映像はCG加工されて、コカインだけが消去されたそうです。

さすがに、ニール・ヤングを映像から消去する措置は取らなかったみたいですね。

次は、ステロイドですね…!

熱血硬派!くにおくん、の思い出

おはようございます。

なんの因果か、このブログを読んでくださる皆様、ありがとうございます。そのうちに、画像やらメールやら、できるようにいたします。といって、メールを送付されても、たいてい、スルーで終わりますので、そのあたり、よろしくお願いします<m(__)m>

さて。タイトルです。

バブル期のスーパーファミコンのソフトの話になります。

当時、若かった私は、本を読むのに忙しく、スーファミとかはさほど、やっていないので、「ゼルダの伝説」とかの、レジェンドになっているようなソフトの、ほぼ全てを体験したこともありません(かろうじて「スーパーマリオ」くらいは、最初のあたりだけやったかな…)。

そんな私が、ラストまでやり抜いてしまったソフトがこの「熱血硬派!くにおくん」なる、バイオレンスに満ちた、破壊的でカオティックな、ひたすら常軌を逸した作品です。

全体を通して、現在では間違いなく「R指定」にしかならないような、理不尽なまでに過激なストリートファイトの当事者にならなくてはならず、そうすることで、たしか、誘拐・拉致・監禁されているガールフレンドを救出しなくてはならない、という、犯罪そのものを描いたソフトでした。

プレイヤーは「熱血硬派」である「くにお」というヤンキーにならなくてはいけません。

また、ゲーム展開はいわゆる「横スクロール」で、登場人物は「三頭身、ちょいかわ」、そしてチープなBGMが絶えず流れるという、遣る瀬無いファミコン仕様なので、これがために、繰り広げられる暴力と惨劇が、コミカルなギャグに見えてしまう、という、絶妙のタッチが生まれているのですねえ…

「くにお」はたしか、丈の長い「白ラン」にリーゼントだったか…敵対する人間の襟をつかんで、パンチを顔面に連打する「技」とか、「巴投げ」などが使えたような…

そんなヤンキーを操りつつ、舞台となる大阪の街を徘徊するところから開始するのですが、この大阪の街というのが、阪神電鉄沿線界隈なんです。なかなか、「いちげん」が足を踏み入れがたい区域でして、くにおはそこで、情報を得るために、地元民を片っ端から、どつき倒します。

…このゲーム、人と遭遇すると、ボタンによる選択肢が「つかむ」、「なぐる」、「ける」くらいしかなく、「話す」とか、「しらべる」とかが選べないから、仕方なく、通りがかりの禿頭のおっさんなどの襟首をつかみ、殴り倒し、馬乗りになってパウンドでとどめを刺し、おっさんの腹巻から飛び出した千円札をゲットしたりします(警察は、来ません)。

このステージで注意すべきは、パーマをかけた太ったおばさんです。

このおばさんは、体力、攻撃力ともに、おっさんをはるかにしのぐうえ、襟をつかんで動きを封じての連続ビンタ、という必殺技があり、序盤のくにおは、しばしば、この絶技によって絶息に至ります。

また、このおばさん、KOすると、「ひどいひとやわ」などと、世迷言を遺すため、心理的にも後味が悪いので、要注意といえました。

次のステージになると、甲子園球場周辺を徘徊することになります。

ここでは必然的に、「泥酔した阪神ファン」との対決が避けられなくなります。

この阪神ファンには、雑魚キャラながら、それぞれ名前が付されており、それが「かけふ」、「おかだ」、「まゆみ」、「ばあす」など、往時のファンならば狂喜するか激怒するはからいが、なされていました…

「泥酔した阪神ファン」は、キチ、がキチを作る水でキチになっているうえ、徒党を組んでいるため、きわめて厄介な相手となるため、死闘を余儀なくされます。

なにしろ、くにおは熱血硬派ゆえ、単騎ですが、向こうは大勢で、おまけに酔っています。

一発、良いパンチをもらって転倒すると、集団によるストンピング攻撃で、一気に落命する羽目になります。

また、「ヘッドロックから頭部へのメガホン連打」や、一人に背後から羽交い絞めされたところに、「駆け込んでのメガホン強打」などの、破壊力満点の技があるため、少なくともくにおとしては、背後の相手を肘打ちで倒す、あるいは、髪をつかんで投げ飛ばす、などの技法をマスターしておかなくてはなりません。

ただ、阪神ファンの場合、もっとも警戒しなくてはならないのが、背後に回ってから繰り出されるジャーマンスープレックスです。

路上でのこの技は、ドニー・イエンの映画を見るまでもなく、殺傷力甚大で、体力が満タンのくにおが、一発で絶命するほどでした。

…このように記していくと、キリがないので、その他の、感慨深いシーンを抜粋します。

後半では、くにおにも、一人、仲間ができます。類は友を呼び、同じく中二病の人です。

で、暴走族ともバトルしなくてはならず、これは、バイクを駆って、暴走族の群れに突っ込んで並走しつつ、隣のバイクを蹴って、転倒させていく、という、これだけで大事件になってしまう内容です。

また、ラスト、ガールフレンドが拉致・監禁されているのは、高級住宅地のマンションの一室に設けられた鉄格子の牢屋で、その牢屋が隠されている、無駄なまでにゴージャスな調度に満ちた部屋で、くにおたちを待ち受けているのは、ヤ〇ザです。

どういう理由で、そんなことをしているのか、よく覚えていないのですが、トラだかヒョウだかの毛皮みたいな上着を着たこの極道は、ここまで殺人を繰り返しつつたどり着いた学生二人に対し、次々とチャカをぶっ放します。

さすがに銃弾となると、一発食らうとスピードが半減し、二発もらえば絶命してしまいますが、救いは、これがリボルバーだった点でした。

つまり、六発かわせば、手元に入って叩き落せば、チャカ攻撃はなくなります。

とはいえ、相手は「本職」なので、その場合、素早く飛び出してくるドス攻撃。

これも刃物ですから、三回も刺されると、もういけません。

……まあ、このような内容のゲームが堂々と発売されていたのだから、昭和って凄いな、としかいえませんが(ひょっとしたら平成初期かも)、繰り返しになるけれども、「横スクロール」、チープなBGM、あと、「三頭身のキャラたち」という配合がはまって、コミカルでしかないゲームでした。

これだけは、もう一回、やってみたいな、と時々思います。

心霊体験…の前に、霊能について。

暑いですね…。納涼のため、またぞろ、自分の体験を記します。

…今は、嫌気がさしてしまって、ほとんどやっていない、スピ系の「ワーク」。いろいろとあります、親しみやすい、というか、横文字を使って、灌頂とかでなく「アチューンメント」とか、「行」ではなく「ワーク」、「鑑定」でなく「セッション」…軽くなりますね、まさに「ライトワーク」! まあ、いいです。

私、手をぬけない性質なんですね。

今となると、ライトな、お手軽な取り組み方だと、何やってもダメだ、という身もふたもない見解になっていますので、そういうのが嫌な方は、お付き合いいただかないほうが、お互いにとって有益です、悪しからずお願いします。

で、「ワーク」とかでも、手を抜かないでやり込んだら、一時期、いわゆる「霊能」みたいなものが出てきて、いやはや、苦心しました。

正直な話、頭のどこかの回路がイカレていたんだと思え、「もう少しヤバくなったら、精神科に行こう。たぶん、病棟で一生暮らすことになるだろうな…」と、考えていました。

のちに、ガチの霊能者、という方々に、たまさか、次々と邂逅する、という奇妙な時期があり、そのときに、彼らの語る、「どのように”見える”」のかとか、「どのように”聞こえる”」のか、とか、「それを祓う(というか、ご退場願うとき)にはどうしているか」などの実際を聞いて、私の自分の体験や感覚・把握したものが、妄想ではなく、「本筋」だったことを知りました(ありがたくもなんともない。)。

彼らのように、ほとんど先天的に、そういうものを携えてしまったのと異なり、「ワーク」などで、後天的に、そうしたものが発露する、というのは、過去の事例を見ても、よろしくないものです。

バグが出た、とか、回路がショートした、とか、あるいは、深いところの膿が出た、とも言えるかもしれません。

こうした状態からの復活は、非常にきついものとなりますが、ある意味、自業自得ですから、やり抜くしかありません。

意志力や論理性、体力その他を、底上げしないと対処できません。

そういう時間というのは、もったいないです。自分で自分の状態が、まともでないのは十分わかっていますから、それを他人に察知されたくないから、人との関りをなるべく避けるようになるし、自分の言動のチェックが厳しくなるあまり、性格がきつくなるし(これも直すの面倒)、ほとんど潜伏している犯罪者みたいな心境なのではなかろうか…

さて。

今となると、こうした体験が「遠い昔」と感じられます。

努力の甲斐もあって、霊能的なものは、すっかり消えてしまい、非常に現実的でアクティブなおじさんに成り代わりましたが、ほめられたものではありません。。

…くだらない体験を長々と書いてしまいましたが、参考になった人とか、ひょっとしたら、いたりするのか、あんまり自信がありません(ごめんなさい)。

心霊体験(ニアミス篇)

久しぶりの投稿となります。

今回は、夏にふさわしく、私のささやかで、数少ない心霊体験のひとつを語ろうと思います。タイトルにも記したとおり、あくまで「ニアミス」に過ぎないものですが、いまだに生々しい感触のようなものを心に遺しています。

昭和の時代、まだバブル景気の前のことです……私が、小学校の高学年(たしか五年生あたり)の頃で、私が住む都内の某区は、まだ緑が濃く、夏にもなると、セミの声がやかましいほどだった記憶があります。

夏休み前後の事件だったように記憶しているのですが、当時の新聞の夕刊で、三面に大きく掲載された惨事がありました。

それは、高速道路で居眠り運転をした女性教師が、中央分離帯に衝突して、車は大破、本人は即死した、という痛ましい内容のものでした。

この事故が、三面記事で大きく取り上げられた理由はわかりませんが、当時、そんなものに目を通さない学童の私が、どうしてそれをよく知っているかというと、自宅で父が、

「おい、これ、お前の学校の先生じゃないのか?」

と、私にその紙面を突き付けてきたからです。

……私は、その「先生」の名前は知りませんでした。

しかし、その女性の勤務先とされているのは、たしかに、当時の私が通っていた、公立の小学校でした。

新聞という公器に大きく掲載されるような事件が、いきなり自分の実生活とリンクするというのは、気持ちの良い体験ではありません。

まして、いかに悲劇だとはいえ、惨事です。自分が肌身で接触したものではないのに、なんらかの形で、強引にそれに巻き込まれてしまった、というと大げさですが、ちょっとそれに近い、厭な感じがしてなりませんでした。

とはいえ、やはり元気な頃ではあります。

翌日は、そんなことは忘れて、いつも通り登校したのでした。

日差しの明るく、きれいな朝だった記憶があります。

登校の道のりで、親しい友達と、次々に出会い、そのまま喋ったりはしゃいだりしながら、学校に向かうのが常でしたが、そのときは、とりわけ親しくしていて、いつも登校時は別々の、友達が二人、一緒でした(二人とも、男の子、です。この二人とは、自宅の位置の関係で、登下校が一緒になることは、ほとんどなかったのですが、どういう事情でこのとき一緒だったのか、わかりません)。

三人で何か愉快なことを喋りながら、校舎に入る。そして、いつも通り、教室のあるフロアへの階段を昇る。

――そのとき、私は、おそらく運が良かったのか、あるいは何かに守られていたのか、ずっと視線を足元に落としたままでした。

つまり、うつむいたまま、階段のステップを見ながら、それを昇っていたのです。

そんな私の耳に、一緒に階段を昇っている、二人の友達の明るい声が、はっきりと聞こえました。

「おはようございます!〇〇先生!!」

……異変に気付くまでに、さほど時間がかかりませんでした。

私は驚嘆して、戦慄しながら顔を上げたのです。

なにしろ、友達二人が揃って口にした名前は、まさに、昨夜、夕刊に記載されていた、高速道路で事故死した、女性教諭のものだったからです……。

私は、狼狽しながら周囲を見回したものの、幸い(?)女性教師らしき人影はありませんでした。

しかし、おそらく青ざめて、度を失った私の様子に、友達たちがすぐに気が付きました。

「どうしたの?」

「え?だって、ほら…! 知らなかった? 〇〇先生、って。昨日…」

たしか、そんな言い方で、察してもらおうとした覚えがあります。なにしろ、事件その他の、自分の知る限りの詳細を口にすることは、憚られたのです――死者を悼んだのではなく、もし、そうしてしまえば、死者が眼前に姿を現すかもしれない、と危惧したのです。

同じような気持ちを、二人の友人はほぼ同時に抱いたのでしょう。彼らはもうすでに、「出会って」しまっているのですが、それ以上の浸食を、許容できるわけはありません。

だから、なのか、彼らは急に、キツネにつままれた、というのか、あるいは、ぶっきらぼう、というのか、ある種の、表情のまったくない顔になって、ほぼ同時に、こう言い放ちました。

「何言ってんだよ! 誰にも会ってねえよ!」

力のない断言でした。そしてそのまま、彼ら二人は、おそらくその日のうちに、この体験のことを、すっかり忘却してしまったのです!

……後に、いわゆる心霊体験、恐怖体験というものをする人の、かなり多数が、このときの二人のような態度を見せることに、私は気が付きました。

忘れる、あるいは忘れたふりをして、そのまま、思い出さないように全力を尽くす。

あるいは、たしかに「それ」を体験している、その最中に、おそらく、あらゆる感覚を閉ざして、現象をやり過ごしてしまう…

そして、後になって彼らは、当時の友人たちと、ほぼ同じことを言うのです。

「何言ってるんだよ! そんなこと、起こってないよ!」。

内観。

少し間が空きました、お久しぶりです<m(__)m>

今回は、昔からあるメソッドの「内観」について、個人的な感慨を述べてみたいと思います。

最近では、「心をきれいにする方法」というので、私がこれを習っていた頃より、うんと手軽にトライできる環境が整ってきているように思えます(その実態がどういうものか、寡聞にして知りません)。

私の場合、うつ病の苦しみ(というか、うつ病そのものの苦しみもさることながら、うつ病がもたらす苦しみの方が大きかったりもします)から解放されたくて、この方法を、かなり突き詰めて行った時期がありました。

結論から申しますが、この方法は、効果があります――ただし、しっかりした指導者に正しく教わり、真剣に行うのなら、という条件がついてしまいます。

そんなことを言うと、身もふたもないのかもしれませんが、ほかのあらゆるジャンルと同じで、真剣さと謙虚さ(はじめのうちは、双方とも「ある程度」で良いです。やっていくうちに、それが深まれば…)がないと、それなり以上の効能は得られません……

つまり、内観は奥が深いんです。

私は、これのほんの初心のあたりで、やめてしまいました。

その理由はというと、「浮気性」です。ほかの、、もっとお手軽で、もっと苦労のない、もっとタイパに優れた・・・早い話、この前、本に書いたようなメソッドの方に、宣伝につられて、移ってしまったのです。

その結果として、ある程度の成果が出たかもしれないけれど、その後、ふつうに生きていれば経験しなくても良いような、どうにもならない思いを味わう羽目に陥りました。

…少し前に知人に教えられて、「かつて神だった獣たちへ」というアニメーションを見て、つらい思いをしたことがありますが、このアニメのタイトルにふさわしい人たちと、立て続けに遭遇したのも、何の因果なのか……

話を内観に戻します。

内観を、そのときの自分のベスト、といえる熱心さでやっていくと、びっくりするほど、自分も変わるし、周囲も変わります。自分が世界の主人公だ、というのを、自覚できるようになるわけです。

また、感謝の気持ち、というものも、本来のそれを、思い出すことができます。

…思い返してみると、内観には、良い思い出ばかりあるんですねえ……

その後、タッピング関係に迷い込むきっかけとなった、とんでもない事態があったのですが、それについては、書く気にはなれません……

そんな経験を踏まえて、また、あくまでも、現在の内観がどのようなものなのか知らない人間からの発信だと思ってください。特に、これから内観をはじめようか、と思っている方は。

内観は、じっくりと取り組めば、取り組むほどに成果が出ますが、それに費やす時間や成果には、個人差があります。

でも、ある段階を越えてしまうと、能力や才能、個人差みたいな世界をぬけて、誰もが生まれ持ったところに入れます。

なので、他人との比較を止めた方が良いです。過ちのもとです。

私が、ほかに浮気したのも、他人を気にしたからですし、そのために、たいへんな回り道をすることになりました。

回り道をしてしまうと、時間と手間と、お金がかかる(爆)。時には、どこかに行ったまま、帰ってこられなくなってしまいます(家族がいたら、もう悲劇です。)。

よろしくね☆

昭和時代の洋画劇場

以前、ほかのところでブログをやっていたときにも、同じような主題で書いたことがあります。

最近では、こういうトピックは、かなりありふれたものになってきましたが、自身の体験を踏まえて、一席(今回、シリアスな話はありません。)。

昭和時代、少年期を送った私は、家庭環境その他、いろいろと問題を抱えておりまして、成り行きのように、昼間、学校に行かないでテレビを見たいたりすることが、ままありました。

で、一人でこもった部屋で、「昼の洋画劇場」的なものを見てしまうわけです。

なにしろ、そこにチャンネルを合わせておけば、CMの時間以外は、映画が終わるまで、一時間ちょっとの時間を「やり過ごす」ことができる。

そのうえ、まれに、息を飲むくらいに、引き込まれる傑作に出会ったりもする(まれ、でしたが)。

昼間、となると、当時だと、だいたい東京12チャンネル、テレビ東京でした。

なにしろ、こちらはガキですから、映画の世界の危険性などは、まったく認識していないわけです。単なるエンタメ、くらいにしか、考えていない。

大の大人が、「お仕事」で制作するものは、すべて、世のため人のためになるか、そうでなくとも、世のため人のためにしよう、と努力したものなのだ、と思い込んでいるわけですねえ…

じつに、恵まれた育ちをしていました。

ところが、そんな少年の気持ちを裏切る、どころか、身も心もボロボロにしてしまうような、「なんじゃ、こりゃあ!」(松田優作のセリフより)という代物が、平然と放映されていたのです。

まるで、「三分間クッキング」とか、「〇時のあなた」みたいに、自然な形で放映される「悪魔のいけにえ」。

「脱出」。

やべえだろ、おい。

…蛇足ながら、軽く、ハイライトシーンを述べてみますが、前者は、テキサスの片田舎で、人肉を加工している変態一家が、たまたまそこを通りがかった若者数名を、チェーンソーやハンマーなどで、虐殺するという、ギネス認定「世界でもっとも恐ろしい映画」です。

後者は、バカンスにカヌーで川下りしよう、と田舎に出た、仲良しのエリートビジネスマン数名が、その土地に住む、粗野なレッドネック白人たちに、レイプされたり(♂同士)して、殺し合うことになる、というお話。

ほかにも、女の奪い合いで、かねてから敵対し合っていた、とってもローカルなところで暮らす「お隣さん」同士が、略奪・暴行・強姦などの果て、ぶち殺し合ってしまう、という、ひょっとしたら「ロミオとジュリエット」とかを意識しているのかもしれない、「ロリ・マドンナ戦争」。

こういうものが、真昼間に今でいう地上波で放映されているんですねえ……(嘆息)

「悪魔のいけにえ」に出くわしたときは、知らない間に、汗みずくになって、壁に貼りついていました。昼日中、音量を下げていたにせよ、チェーンソーの爆音と女性の金切り声の二重奏にさらされた日には、トラウマ負わないほうが困りものです。

おっさんが、おっさんを後ろから「ピーと鳴け!」とか言いながら、犯すシーン(「脱出」)なども、全身の力が失せました。

…あの時代、ふつうに女性のバストが放映されていたし、ドラマなどでも、過激な濡れ場や裸、修羅場が当たり前でもありましたが、それにしても、度を越したものがありました。

で、良い子のこちら側としては、同じダメージを回避するために、さすがに学習し、「怪しい」と思しき作品は、「はじめから見ない」という手段を駆使するようになります。

作品内容をスマホで調べる、なんてことができない頃です。したがって、「勘」に頼ることになりますが、「危険物」はやはり、「タイトル」に表れてきたものでした。

「いけにえ」とか、「悪魔」、あるいは、子供にはあまり馴染みのない、カタカナ表記の横文字(「オーメン」、とか、「エクソシスト」みたいな、ね)が、やはり、危ない。

ポイントは、そのカタカナが、「まさに英語」的なものではなく、もうちょっと、子供の頭でも、エキゾチックな感じのものが、危なかったりしましたね(後に、そういう感じの横文字が、ヘビメタ系のミュージシャンたちに、こよなく愛好されていることを知りましたわ)。

…これで、防衛できたのか?

答えは、否、でした。

否、否。何度でもいう、否…!

……凶悪なテレビCM、というものが、あったのでした……!

地上波で、流すんですよ。

「人食い大統領アミン」(いいのか、このタイトル??)。

「食人族」(……)。

あるいは、「特番」で、「この夏のおすすめ映画特集!」とかいうから、ついつい見たら、面白そうな映画や、つまらなそうな映画、それらに交じって、若きフィービー・ケイツが、あられもない裸体をさらしたり、ナタキンが(ええわ、そのあたりは、切ないから)、の後とかに、「サンゲリア」(爆)。

ゾンビに引きずられる美女が、片目を失うシーンを…流すなよ、んなもん。

いやはや、キリがなくなってきたので、このあたりにします。

お元気で…! <m(__)m>

捨て活。

最近は、様々な方に支えられることもあって、一時期の混乱から立ち直り、安定して過ごせていて、感謝することばかりです。

この前の本にしても、一冊書くに当たって、目いっぱい、勉強できたことや、世の中の理不尽さを体験できたことなどは、感謝すべきことと思えます

……ただ、これだけは記しておきたいのですが、まさかこんな形になるとは予想もできないこととはいえ、あのような原稿にかまけるくらいだったら、母の人生最後の時間を、もっと一緒に過ごしてあげたかった…!!

義理に縛られたり、使嗾されたことに気づかなかった自分に腹が立ちます。

さて。

精神世界系統は、昔から興味があったジャンルではありましたので、かねてから、様々な本を読んでいました。いわゆるスピ本はじつは、あまり読んだこともなく、そういうものを速読で詰め込んだり、ということもしたことがありません。

…で、原稿にいろいろと詰め込もうとしたところ、そのほとんどが、無駄な部分ということでカットか、計画倒れになってしまいました。

…ただ、一応、自分みたいな無学で凡庸な人間でも、一冊本を書くにあたっては、「仕込み」の部分は、少なくとも、本の内容の十倍はなくてはいけない、とか思うのです。

アナクロなんだろうかなあ……。

再度、さて。

精神世界系の本、といっても、多種多様で、それらを文学のジャンルまで濫読していると、それなりに、和洋の様々なジャンルの歴史や文化背景、その副産物、時代の潮流とかにも詳しくなるもので、そういう「広がる」体験をしてしまうと、読書がやめられなくなります。

……誰と競争するつもりはありません。悪しからず。

しかしまあ、間抜けな話で、そういう感じで原稿とかに取り組むあまり、今はやりのスピがどんなことを言っているのか、とか、スピ的な流行は何か、とかに関心を払わないにも、程があったのですねえ…(嘆息)

本がらみの話から離れて数年、ほかの各所にも友人知人もできてくると、視野も広がって、それまで興味がなかったYouTubeとかも、見るようになり、知ったのが、

「うわ、量子力学って、トレンドだったんじゃん」とか。

それで改めて調べてみると、「一冊で丸わかり量子力学」みたいな本もあれば、YouTubeではレクチャー動画もあり…で、

「ストレスを一瞬で消す方法」とかも(泣)。…試してみると、かなりスグレていたりして(呆)。

で、「脳科学」をエビデンスの一環として挙げるのも、トレンドなのね…

…そろそろ、量子力学・脳科学は飽きられてきた感も(といって、どうするんだよ)。

そんな「目の前のこと」も知らないで、古臭い知識を詰め込んでいい気になっていた自分がアホらしいのですが、どうも自分に限らず、人間、だいたい、そういう過ちを犯すらしいですわ。

たぶん、「脳みそ」関係だと、スコトーマ、とかいう…ちがうか。

わかんないことだらけ。。

韓国マッサージ!

お久しぶりです<m(__)m>

先日、韓国マッサージに行ってきました。。

お店の許可をいただいたわけではないので、具体的な店名や場所を書くわけにはいかないのですが(今度行ったとき、きいてみます。)、とても効きました!

リラクゼーションや調整系のサロン、お店は増える一方のようで、そのため、施術師の技術力も、日進月歩という感じですね…

私も月に一度くらい、そういうところに行っておりまして、「行きつけ」のお店もありますが、「行きつけ」のところで、それなりにスタッフや施術となじんでしまうと、たまには、「浮気」をしたくなるもので…結婚生活でそういう行動を取るのは完全に反則なので、ほかのジャンルで代替してみました(って、そもそも独身なんだが…)

韓国マッサージの具体的なイメージが湧かなくて、しかも、お店の提示するメニューが多岐にわたったし、どうもスタッフの方が、さほど日本語に通じていないようなのもあったので、悩んだ末に、予算と時間を目安に、90分くらい、やっていただきました。

うつ伏せの背中を中心に、もみほぐすところからはじまりました。

それ以前に、店内がとても綺麗で。

無駄なものは置いていないけれど、殺風景でなく。雰囲気も、ほっこりしていて、落ち着く…。

もみほぐしがはじまりました。

これが、かなり力強い。小柄な女性が、信じられないような力というか、圧というか、独特で、上手く表現できません。

とにかく、体の芯に浸透してくるような、独特の力で、それがとても心地よかったです。。

施術中、何度か寝落ちしてしまった。それも、熟睡。

90分経過って、短く感じられました…。

ここ数年で経験したなかで、心身ともに深いリラックスを体験でき、その「良い感じ」がかなり持続して、揺り戻しみたいなものもないのは、鍼と、この韓国マッサージが、一位を争うように思えます。

…もっとも、こうした施術には、人それぞれ、相性がありますし、また、お店や施術師にも様々なランクがあるのも確かなので、……

以上は、あくまでも、私の個人的な体験・感想ですねん。

それでは、また。

煙草をやめた話

一日おきに、ブログを更新していこう、と思っていた矢先、ひどい風邪にかかってしまい、五日くらい更新できませんでした。

最近では、珍しいです。少し前まで、私はしょっちゅう風邪を引いていましたが、キックボクシングと、あと、時折、鍼灸・整体を受けるようになってから、免疫がとても強くなったようで、風邪っぽくなっても、すぐに治っていたのですが…ちょっと図に乗ったのでしょう、体調管理が甘かった。

さて、永年の悪い習慣だった煙草をやめた、という話です。…喫煙は、「習慣というより(ニコチン)中毒だ」と言われますが、もっと複合的な性格のものでしょうね。

ニコチン中毒だけなら、たしか数日我慢すれば、すっかり「抜けて」しまうので、そこで禁煙完成となるはずですが、なかなか、そうは行きませんから…

私も過去、何度か「禁煙」を試み、挫折を繰り返したクチです。

…で、今回を書くにあたり、「いったい、どうしてスパッと禁煙できたのか」をいろいろと分析してみたのですが、どうにも、よくわからないのですね。

気色わるいスピった話はしたくないので、自分が辿った禁煙の過程を、書いてみます。私と体質とか気質とか、似たような方には、ひょっとしたら、ヒントくらいになるかもしれません。

キックボクシングのエクササイズ(だけでなく、まず、パンチ、キック、ディフェンスなどを正確にこなせる体づくり)に、様々な間拍子で、はまってしまったので、「体の動くうちに、できるだけ、これをマスターしていきたい」という思いが、心の底から湧いてきたのが、ひとつ。

それと別に、メタボ化して、メンタル面も荒廃していましたから、当時は「もういつ〇(タヒ)んでもいいや」などと常日頃から思っていたところが、「これ、面白いから、ラスト一回くらい、全力出そうか」という気持ちになり、「それじゃまず、この体をなんとかしなくちゃ」という。ラスト一回、というのは、年齢的なリミットですね。

…で、最初のレッスンで、もう、息が上がって、脚も高く上がらない、という現実がありました。今になってみると、通常のレッスンの、1/10くらいの強度・難度のレッスンでしたし、あまりにこちらの状態(?何もかも)が酷いので、ごくごく基本的な動きのみ、インストラクターは一切の攻撃をしない、という、超・初心者モードだったのですが。

その後、他の敏腕インストラクターから(というか、インストラクター、全員が敏腕なんですけど)、姿勢の矯正、体幹の強化、という、避けては通れないけれども、厳しいから避けたい難題を突き付けられることになるのですが、この話は、今回はパスします<m(__)m>

別に、喫煙についてインストラクターに指摘されたわけでもなく、「ヤニくさい」などと言われたわけでもありませんが、自分の当時の運動不足を棚に上げても、この息の上がり方の悪因として、ヘビーな喫煙を想像できなかったら、かなりヤバかったと思われます。

俗に「息が上がる」と言いますが、何がキツイかというと、肺が爆発しそうになることで、そこにスルドイ痛みが伴うから、喀血するんじゃねえか、デブのくせに、などと怯んだものでした(バカか。)。

肺がこの調子なら、痛みはないものの、バクバク言ってる心臓はどうなんだよ、おい、という話です。じっさい、心臓が鋭く痛んでいたら、タバコよりもっと深刻な問題だったのですが、なぜか、そこには気づかなかった。

…じゃあ、タバコやめよう。

決断は、早かったです。ただまあ、どこまで続くのか…という話ですね。

思い返してみると、ここで、いまだに印象に残っている思いがあって、

「今度また、禁煙挫折したら、もう二度と、禁煙しよう、とも思わなくなるだろうな(そういう年齢だ)」とか。

それまで、「まあ、なんとかなる」とか、「後がある」的な考え方が何事にもあったのが私で、それで万事、「詰めが甘い」ことで、しくじってきたように思えたのは、確かです。

なんでそんな、「覚悟を決める」みたいな考えに、すっと入って、定着できたのか、ちょっとわかりにくいのですが、ひょっとしたら、入会したジムの指導者たちが、そういう心構えが

できている人が多いんじゃないかな、とか思えます。

つまり、心構え的なものは、「上から下」に伝染しますから…

で、禁煙に関する記事をネットで…漁りませんでした。それ関連の本を買うこともなく、グッズや食品も買いませんでした。

ひとつ、思い起こされたのは、昔、知人の女性に聞いた話でした。

その方は、とある劇団に所属していたのですが、舞台のときに、季節や照明の関係で、そこが酷く暑いときがある。

で、暑さのあまり汗をかきすぎてしまうと、化粧が落ちてしまうし、だいいち、見苦しいから、汗はかきたくない、というのです。

いやでも、生理現象だから、それは無理筋でしょう、ときくと、その方は平然と、

「だから、頭や顔から汗をかかなければいいんです。たとえかいても、ごく少量にする。その代わり、背中でたくさん、汗をかくんです。そこだったら、目立たないから」。

彼女だけでなく、この技(?)を使う人は、同じ劇団に多いというのですね。

「そんなふうになれるのですか? なれたとしても、時間かかりますよね?」

「かかりませんよ。もう、頭や顔から汗かかない、背中で汗かく、って決めたら、不思議だけど、そのときから、背中だけで汗かけるようになりました」。

あらかじめ申し上げますが、私は訳の分からないような、アナクロな精神主義や、根性論みたいなものは、かなり嫌いなほうです。あと、しつこいようですが、最近はもう、お手軽だったりフワフワだったりするスピは、大嫌いです。

ですが、今になっても、この女性の話は、時折、思い出されます。そんな馬鹿な、みたいな話ですが、その方はじっさい、本当にそうしていたし、またそういうことを抜きにしても、どういうジャンルなのか、ちょっと掴みづらいけれど、なんとも、深い話と思えます。

…で、まあ、自分もそんな気持ちで、禁煙して、そのまま、数年(三年以上になります)経過している、という。

トレーニングを重ねるうちに…タバコをやめる!

キックボクシングを再開した頃は、心身ともにズタズタになっていて、もう二度と、スピリチュアルだの、原稿仕事だの、やりたくない、やらない! という気分でした。

ああした世界にいる、タチの悪い人(ふつうに数多いようですね。)となると、人をそんな気持ちになるまで、手練手管で追い込んでも、彼らなりの言い逃れがあるのですね。

「業の清算」とか、「すべては自己責任(その人の現実はその人が作ったもの=そこにいた「私」は悪くない)」とか、「前世の所業が悪かったから」とか、「試されている」とか、この頃は心理学や、量子力学などのタームが、じつにお手軽に使われるようになっていますから、そっちの方を真面目にやっている人は、うんざりしているのではなかろうか…

…話が逸れました。

あまりにがっかりしたので、まずは仕事に没頭するよう、心がけたものの、疲れたときや、集中が乱れたときとかに出てくる「雑念」がもう…後から後から、怒りや憎しみ、悲しみなどが湧き出してきて、そこに、当事者たちの顔が浮かんできます。

悪いことに、それが日に日に深まっていき、いろいろなトラウマなどと連結します。

…仮にここで、やめてしまった、タッピングその他の「メソッド」を駆使したとしても、かえって事態を悪化させたことでしょう。

本当に対峙しなくてはならないような、自分の奥底に秘められた、ある種の「テーマ」と向き合うには、ああした方法では無理なのです。

そのような「問題」に当たるには、どうやら、何から何まで、自前で、この世から見つけ出さなくてはならなくて、試行錯誤を繰り返しながら、全身全霊でやって行くしかないようです…

そこで、方法や、師匠などに、いわば「逃避」してしまうと、下手すると、一生の残りの時間すべてが、台無しになってしまう。

…そんななか、休会していたキックボクシングのジムに、「ストレス発散」とばかりに、通いはじめたのですが、そのジムが、「超・本物」だったのです。

…そういう所にありがち、なのだと思えますが、別に、「うちは凄い!」とか謡っているわけではありません。

また、通いはじめても、こちらのニーズに合う何かを、さりげなく、しかも一切、高圧的なところなく、丁寧に教えてくれ、その相手をしてくれるだけで…別段、何か変わったところなどはないのですが…

どれほどキツイ練習になっても、充実感とかが分厚く、帰り道その他、ジムでインストラクターに言われた、何気なく思えた一言が、じわじわと(いい意味で、ですよ)浸透してきます。

…などと書くと、なんだか私が、ずいぶんハイレベルなようですが、単に年齢を重ねたくらいのものです((笑)

なにしろ、キック再開、といっても、最初の頃は、脚が上がりませんでした。

錆びついているうえに、アブラが回りすぎていて…笑い話ではなく、腹回りに余分な肉が付きすぎていたから、それが邪魔します。

体全体がバキバキに硬くなっていて(つまり、老化が進んでいて)、心肺機能も劣化し、姿勢は猫背で、しかも反り腰気味、呼吸はいつも浅い

筋肉量が著しく低下していたばかりか、日ごろの心掛けがものを言う「体幹」などは、ヘロヘロの状態でした。

復帰後、最初のレッスンで、汗みずくになり、息も絶え絶え、目にカスミがかかったようになって、半死半生の帰路、

「煙草を止める!」

まずは、そこからはじめることにしました。

一日、ひと箱では済まない、かなりのヘビースモーカーでした。

やめよう、やめよう、と何度思っても、当たり前のように挫折を繰り返し、それこそ、潜在意識に「失敗」の痛手を植え付け続けてきたのです。

だから、そのときも、「この決意がいつまで続くのだろう…」という不安もありました。

ところが、です。

その夜から、本当に、スッパリと禁煙してしまい、そのまま、数年が経過しています。

次回は、なぜ、禁煙が成功したのか?

について、私のアホ頭で展開してみます。

最後まで読んでくださったことに、深く感謝します<m(__)m>